はじめに
(聖句は主に新改訳2017で2017訳と表示。それ以外は訳名を示す。例:新改訳(第3版)、協会共同訳)
当社では、イギリスの著名な神学者N.T.ライトの翻訳を何冊か出しています。
たくさんの著作があり、特に重要な学術本は、一部しか翻訳されていません。そこで、その一部だけを読んで、従来の解釈に当てはまらないことによる混乱、誤解を招いている現状があります。
岡山英雄氏『黙示録の希望』が2年前(いのちのことば社 2024.7)に発行されました。好評のようで増刷されました。
岡山氏は、福音派の黙示録講解の代表者の一人であり、本書を元に各地の牧師会で講演をなさっています。
難解な黙示録解説での貢献に大変感謝しつつも、ライト理解については勘違いされている部分があるように思います。
専門的な人が指摘いただけれはよいのですが、公の反論はほとんど聞かれません。そこで筆者は、限られた知識とAIの助けを得て以下にまとめてみました。間違いがありましたら、ご指摘いただけましたら幸いです。
実際のライトと異なる四つのポイントにまず触れたいと思います。
四つの誤解
誤解①「ライトは、マタイ24章、マルコ13章、ルカ21章にある終末の出来事が、西暦70年にすべて成就した『完全成就説』『完全過去派』であり、 天国、再臨、新天新地を否定している」
誤解②「ライトにとって、携挙は単なる比喩で、実際の身体的変化も起こらない」
誤解③「ライトは、無千年王国説なので、この世界はだんだん良くなっていき、患難は過去のもの。ただ支配者・秩序が変わるだけという考えだ」
誤解④「ライトは天国を否定している」
AIに上を質問すれば、すぐに「そうではありません」という解答を得るはずです。
以下、上の要点を順に取りあげていきたいと思います。
(1)誤解①
ライトは、マタイ24章、マルコ13章、ルカ21章にある終末の出来事が、西暦70年にすべて成就した『完全成就説』『完全過去派』であり、天国、再臨、新天新地を否定している。
ライトは紀元70年のエルサレム神殿の破壊で、聖書預言がすべてが実現したとは言っていません。かなりが実現したとしますが、残りは将来実現するとしています。中でもマタイ24・30に代表される「雲に乗って……来るのを見る」)を再臨と理解しないためか、「再臨を否定する」ように思えるのでしょう。
マタイ24章30節
「そのとき、人の子のしるしが天に現れます。そのとき、地のすべての部族は胸をたたいて悲しみ、人の子が天の雲のうちに、偉大な力と栄光とともに来るのを見るのです(新改訳「天の雲に乗って来るのを見るのです)」(2017訳はずいぶんニュアンスが変わりました)
従来の多くの人は、ここを「再臨」(もしくは空中再臨)と理解したと思います。私もそうでした。特に以下の第一テサロニケ4章の記述と結びつけて、空中再臨(二回再臨説、空中再臨と最終的な再臨の二度)、あるいは再臨とするのだと思います。
テサロニケ第一4章・6~17
「16 すなわち、号令と御使いのかしらの声と神のラッパの響きとともに、主ご自身が天から下って来られます。そしてまず、キリストにある死者がよみがえり、17 それから、生き残っている私たちが、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられ、空中で主と会うのです。こうして私たちは、いつまでも主とともにいることになります。」
新改訳第三版は「携挙」を強調したいためか、2017訳にはない「たちまち」「一挙に」というダイナミックな訳が17節に加えてあります。
同4章17節(新改訳第三版)
「次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。こうして私たちは、いつまでも主とともにいることになります。」
ライトは特に福音書のこれらの箇所を、再臨と理解しませんので、「再臨を否定した完全成就説だ」と判断してしまうようです。
その理解は違います。
ライトはこの箇所を初臨(イエスの最初の到来)の最終段階の一つとして理解します。
たしかに初臨ではあるのですが、以下の最終段階(黒字)を示します。
初臨の全領域「誕生、宣教、十字架での死、復活、昇天、即位(支配)」
「再臨」は使徒行伝やパウロの手紙にきちんと書いてありますから、否定などできません。それどころか、再臨はライトにとって重要な要素です。
ライトにとってここの「雲に乗って来る」は「即位」を示唆
ライトは「雲に乗って来る」を、「王としての認証」「即位」として受け取ります。
それは当時よく読まれていたダニエル7章に書いてあるからです。当時の人はすぐ分かったはずだと考えます。
「見よ、人の子のような方が天の雲とともに来られた。(新改訳、協会共同訳は、「天の雲に乗って来られ)その方は『年を経た方』のもとに進み、その前に導かれた。この方に主権と栄誉と国が与えられ……その主権は永遠の主権で、過ぎ去ることがなく、その国は滅びることがない」(ダニエル7・13-14)
を適用するのです。
福音書の「雲のうちに……来るのを見る」の箇所を、ライトは「イエスが空中から地球に下降してくる描写ではない」とします。そうではなく、「『年を経た方』のもとに進み出る」ことを意味します。
そして父なる神の前で、イエスが世界の王として君臨したことを現するもの(vindication 正当化・証明)として理解します。これはマタイ28・18につながります。
「わたしは、天においても地においても、すべての権威が与えられています」
つまり、
エルサレム神殿崩壊 → すべての終末論が終わったという完全成就説ではありません。
ライトは来るべき時代はイエスにおいて始まりましたが、現在の時代もなお続いていて、いつかイエスは再び現れ(再臨)、神は宇宙を新しくすると明言しています。
神殿破壊でかなりが成就し、神の国の到来もイエスの登場で開始されましたが、その後の苦しみ、迫害などが歴史的に起こることまで否定せず、神の国も完全に実現したとも言っていません。
そうでないと、次の聖句の意味がわかりません。
「まことに、あなたがたに言います。これらのことがすべて起こるまでは、この時代が過ぎ去ることは決してありません」(マタイ24・34)
「まことに、あなたがたに言います。ここに立っている人たちの中には、人の子が御国とともに来るのを見るまで、決して死を味わわない人たちがいます。(マタイ16・28)
「まことに、あなたがたに言います。ここに立っている人たちの中には、神の国が力をもって到来しているのを見るまで、決して死を味わわない人たちがいます」(マルコ9・1)
ライトは『驚くべき希望』(邦訳2018)でわざわざ、
第7章 イエスと天と新しい創造
第8章 イエスが現れるとき
第9章 来るべき審判者なるイエス,
という3章を使って、将来のキリストの出現と最後の審判を論じています。
とくに第7章には、「『再臨』はどういうことか?」があり、第8章に「来臨、出現、王なる臨在」 という節があります。
新天新地についても、神は空間・時間・物質から成る宇宙を廃棄するのではない。それを新しくし(renew)、回復し(restore)、腐敗させてきたものを取り除く。そして聖書の最後は、人間が地上から天へ脱出する場面ではなく、新しいエルサレムが天からこの地へ下り、新天新地となると説明します。
新しい世界は現在の世界よりも「もっと現実的で、もっと堅固で、もっと触れることのできる」世界であり、腐敗、暴力、悲しみ、罪、死が取り除かれると述べています。
ライトの終末論では、現在の創造 → 廃棄 → 全く別の世界ではありません。
しかし同時に、現在の創造 → 少し政治体制が変わるでもありません。
むしろ、現在の創造 → 復活と同じ原理による根本的変容 → 新しい創造です。
イエスの復活した身体と同じように、被造世界も連続性と非連続性を同時に持って刷新される、というのがライトの神学です。
ローマ8章にある「被造物そのものが滅びへの隷属から解放される」という主題が、その中心にあります。ライトは「救いの最終目的は天国に行くことではなく、新しい天と新しい地における復活」であると繰り返し強調しています。
(2)誤解②
「ライトにとって、携挙は単なる比喩で、実際の身体的変化も起こらない」
ライトが言いたいのは、「クリスチャンが地上から突然消滅し、天国へ連れ去られ、その後地上に取り残された人々が患難期を経験する」という、ディスペンセーション主義的な「シナリオ」はとらないということです。
将来の終末・再臨・復活・最終審判を否定せず、むしろ重要な要素として扱っています。死者の身体的復活と、生きている信者の身体的変容を強く肯定しています。
彼は『Farewell to the Rapture(「携挙にさようなら」英文)』で、第一テサロニケ4章を第一コリント15章51–54節、フィリピ3章20–21節と合わせて読みます。そしてパウロの中心的主張は、キリストの出現(再臨)に際して、生きている者が「変えられ(changed)」「変容し(transformed)」され、死ぬべき身体が不死の身体へ変えられることだと説明しています。
ライトが「比喩」と考えているのは主として、
雲
ラッパ
空中で主を迎える
という描写です。
「空中で主を迎える」は、Ⅰテサ4章のこの箇所だけで読み取れませんが、都市を訪れる皇帝を市民が外へ「迎え」に行き、一緒に都市へ戻るという古代当時の王を出迎える慣習、儀礼を取り入れています。
現代でも、トランプ大統領は中国の習近平主席を空港まで夫人と側近で出迎えに行きました。古代からの王を迎える礼儀なのです。
実際ライトは、
「身体の復活は、イエス以外のすべての人にとってまだ未来である」と明言し、第一コリント15章23節を根拠に、「キリストの来臨の時にキリストに属する者が復活する」と述べています。
ライトは「携挙を比喩化した」というより、「ディスペンセーション的携挙を否定するのであり、将来の身体的復活と変容は文字どおりの出来事として強く肯定」しています。
また従来の聖書の訳、「雲に乗って来る」を、「天」を宇宙空間の上方にある場所として、宇宙飛行士のようにそこから飛来してくる人物としてイエスを描く、近代的・地球物理的な宇宙空間イメージに否定的なのです。
(3)誤解③
「ライトは無千年王国説なので、世界はだんだん良くなっていき、患難は過去のもの。ただ支配者・秩序が変わるだけという考えだ。」
ライトの「開始された終末論」( inaugurated eschatology)と無千年説の古典的進歩主義を混同すると、このように誤解します。彼はむしろ、世界が自動的に改善して神の国になるという思想を明確に批判しています。
2020年のMichael Green Memorial Lectureでは、19世紀的なリベラル神学の考え(W・ラウシェンブッシュ)、「世界は徐々に進歩し、福音的な未来へ向かって進んでいる」という立場を紹介した上で、それを批判しています。ですから、「古典的無千年王国説」をそのままライトに当てはめることはできません。20世紀の戦争・暴力・近代技術による惨禍を指摘し、こうした「進歩の福音」をキリスト教の終末論と混同してはならないとしています。
興味深いことに、ライトも参加したLogos主催の
「千年王国説での五つの見方(Five Views on the Millennium)」では、
1 患難前千年王国説
2 患難後千年王国説
3 無千年王国説
4 後千年王国説・過去主義
と別枠で
5 新しい天、新しい地による終末論
を設けています。古典的無千年王国説や過去主義(完全成就説)と混同してもらっては困るからでしょう。
ライトの終末論は、復活・新創造・天と地の結合を中心に置く独自の枠組みと理解した方が正確です。
「無千年王国説」の現代版ではありません。
すなわち、
すでにイエスは復活した。神の国は開始した。新創造は始まった。キリストは王として即位している。
しかし
いまだ死は存在する、悪は活動している、教会は苦しむ、世界はまだ完全には贖われていない、最終審判は未来であり、身体の復活は未来、新天新地の完成も未来、です。
また教会についても、現在は単純な勝利の時代ではなく、「絶えざる警戒と霊的戦い」を必要とし、苦難への備えが必要であると語っています。
患難はあります。しかし、ディスペンセーション主義的な7年間の患難期という概念を採用しないだけです。
ですから、
世界が悪化しているのだから→ライトの終末論は間違っている
という見通しで結論づけるのはかなりの単純化です。
また無千年王国説に立つ、この世界での人間による神の国の実現でもありません。
「この世界に(人の手で)神の国を作ることが大切」という理解は、はライトが非常に慎重に避けている言い方です。
ライト自身は明確に、
“We do not build the kingdom of God by our own efforts. Rather, we build for the kingdom.”
つまり、
「私たちが神の国を建設するのではない。神の国のために働く」と区別しています。
神が最終的に新創造を完成されるのであって、人間の社会運動や教会活動が累積して神の国になる、という思想ではありません。
現在の正義・和解・宣教は、未来の神による神の国の完成を「先取りするしるし」です。
この違いはかなり重要です。
(4)誤解④
「ライトは天国を否定している」
「死後に、天国へ行かない」とライトが主張しているという理解は不正確です。ライトが否定しているのは、「死後に天国へ行くことがキリスト教救済の最終目的である」という考え方です。
死んでから復活までの中間状態を否定していません。
ライト自身は、「もしそう呼びたいなら、この中間状態を天国と言ってもよい」、つまり、死から復活までの中間状態を「天(天国)」と呼んでもよいと明言しています。
そしてフィリピ1章23節の「キリストと共にいる」、ルカ23章43節の「パラダイス」を、その文脈で理解します。
ライトの死後の構造は、
死 → キリストと共にある中間状態(天国・天/パラダイス)→ 将来の身体的復活 → 新天新地
であるのです。したがって「ライトは天国を否定する」は不正確であり、「天国を究極の目的としない」とするのが正確です。
以上4つの主要な点を取り上げましたが、これらに関連していろいろな面でライト理解が歪む可能性があります。今回は第一回として主要なポイントを取り上げました。また時期を見て、「N.T.ライトの終末論に対する誤解を問う(2)」を準備しています。

